摩周湖と「借境調心」

 

 写真は春の摩周湖です。北海道を代表するカルデラ湖で、その景観から、アイヌの人々は「カムイヌプリ」、神の湖と呼んでいました。

 ホームページの画像としてこの写真を掲げたのは、中国古典の『菜根譚』を連想するからです。

 私たちは、日々多くの情報を五感から取り入れています。特に近年ではパソコンやスマホから得られる大量の情報が便利で豊かな生活をもらたしていると言えましょう。

 しかし、そうした外界からの情報は、時に私たちを苦しめ、惑わせることもあります。情報量が多すぎて、心の処理能力がそれに追いつかないのです。心を豊かにしてくれるはずの情報が、逆に心を乱す結果となっていないでしょうか。

 そのようなとき、私たちはどうしたらよいのでしょう。古代中国の老荘思想は「無為自然」を説き、心を無にすることが大切だと説きました。また禅宗も、座禅によって心を静め、文字を介さない悟りを重視したのです。外界を遮断してしまえば、確かに無や空の境地に至ることができるかもしれません。

 ただ、社会活動を営む一般の人々には、世を捨て心を無にするのはかえって難題となります。そこで『菜根譚』は、こう言ったのです。「境を借りて心を調う」と。外の環境を借りて心の中を整えるという意味です。外物は往々にして人の心を乱すのですが、時にはまた環境が心を救ってくれるというのです。

 東洋では古くから「自然の中の人間」という考え方を大切にしてきました。「自然」と「人間」を対立的にとらえるのではありません。

 神秘の湖を前にして私が実感するのは、まさにこの「借境調心」なのです。

 

湯浅邦弘